いちご畑

ケアと思考と日常について

室温アゲアゲ大作戦

夜勤明け、まだ誰もいないお部屋に戻ると、室温なんと3.8℃…冷蔵庫じゃん!

とりあえず部屋の温度を今より暖かくしようと、電気ヒーターをつけた。

しばらくすると温度はじわじわ上がっていき、6℃くらいにはなった。目標は15℃だが、まだまだ遠く及ばない*1

冬にしては比較的温暖だった先週の帰宅直後は9℃。その時も室温の低さに驚いていたが、今日は更にその3分の1だもんな。急に寒さを増すなよ、まったく。

温かい飲み物を作るためにお湯を沸かして、温度と湿度をダブルで上げる作戦に出た。

部屋のすぐ隣にあるお風呂場では、浴槽のお湯を43〜45℃で入れる。すぐには入らないから(部屋を暖かくしてから入るつもりだった)熱めに入れてみた。お風呂場からの熱気と湿気でも、部屋の温度と湿度を上げようと試みた。

結局室温は9℃止まりだったが、湿度も80%くらいまで上がったので喉の調子は良くなった。それに、最初と比べて6℃ほど上昇しているから、室温9℃でもなんだか暖かく感じる。体感温度って温度よりも温度差に左右されるのよね。

お風呂場も寒いから、熱めに張ったお湯を一部浴槽から流出させて、そのお湯で床など風呂場全体を暖かくする作戦をとった。効果は…あったかな?少なくとも無策だった先週よりは暖かく感じたよ。

風呂から上がると室温は9.9℃。大台まであと0.1℃だ。10℃、来い!

しかし、なかなか大台は超えられない。

こういうのは待っていると来ないものである。

歯みがきなど就寝準備をしているうちに、いつの間にか10℃の大台を突破していた。

こころよい達成感を覚えながら、私は、暖房をつけた寝室でぬくぬくと眠りについたのだった。

*1:日本の住宅の断熱と気密はなってない、というのは私自身も実感している。暖房しても室温が上がらないのはもちろん、室温が上がっても結露がすごい。樹脂サッシ気になる。

言葉にすること、言葉にされない気持ちを察すること

最近は、感謝や愛情などのポジティブな感情は、なるべく言葉にして他人に伝えるのがよいこととされている。

私も、ある程度まではその通りだと思う。エスパーでもない限り、言葉にされない相手の気持ちがわかる訳がないからだ。

とはいえ、すべての気持ちを言葉にするのは現実的ではない。言葉にされない気持ちも数多く出てきてしまう。そして、言葉にされない気持ちは存在しないものだと、他人から見なされることも少なくない。

配偶者が自分が作った食事をいつも当たり前のように食べていて、感謝されてない気がする、という悩み事がある。それに対して、感謝していることを言葉にすればいい、という解決策が提示される。

食事くらいなら毎日感謝を言葉にすることができると思う。しかし、すべての家事、すべての貢献に対してはすることはやはり難しい。

相手に言葉にしてもらうのも大事だが、ある程度はこちらも気持ちをくみ取ってあげる、というのも必要ではないだろうか*1

ノンバーバルコミュニケーションという、言葉によらないコミュニケーションも人間にとっては重要なのである。

また、巧言令色少し仁、という論語の一節があるように、ポジティブな言葉も言い過ぎると(頻度、度合い)嘘くさくなることはある。言葉には真心がないといけないということだ。

言葉にされない真心を言葉にするから感動するのであって、真心のない言葉を発してもあまり意味がないということだ。そして、真心に気づくには、言葉にされない気持ちを察する必要がある。

結局、言葉にできることはなるべく言葉にすべきだし、言葉にされない気持ちを察する努力も同時にしていく必要がある、ということだ。

*1:最近の若者は、映画などで登場人物が好意を仕草や行動で表現していても、好きだと言葉で言ってないから好きではないと判断するらしい。背景を考えてみるに、最近は物語作品にしても日常生活にしても、読み取るべき情報が多すぎて、言葉にされない情報に気を配る余裕がないからではないか?言葉にされない気持ちを読み取れといっても、読み取るべき気持ちの種類が多すぎて容量オーバーしているのは、若者もそれ以外も同じだと思う。

好きだからケアしてあげる、の意味

好きな人の面倒を見たくなるのは誰しも理解できると思う。

好きだから守ってあげたい、なんとかしたい。

では、誰かを好きというのはどういう状態だろうか?

まず浮かぶのは恋愛感情。あとは、人として好感を持っているとか、尊敬しているとか。「推し」のような存在も当てはまるかもしれない。対象に何かしら魅力を感じ、なんらかの関係を持ちたいと思うことだと、とりあえずは定義できそうだ。

同じ好きといってもいろんな種類の好きがあって、それぞれ相手に抱いている感情や期待の種類も異なる。

好きだから面倒を見てあげたいというのは、家族や恋人や友人など身近な相手には当てはまるが、尊敬する人や推しにはちょっとふさわしくない気もする。

面倒を見ることは、その人に奉仕する面もあるが、支配・コントロールしたい欲求も混じっている。好きだから自分のものにしたい、コントロール下に置きたい、という気持ちもあると思う。

いや、私は好きな人(たち)を支配したいとは思わない、自由に好きなことをさせてあげたい、と思う人もいるだろう。

しかし、自由にさせるということは放任主義ということでもあるが、好きな人に一切干渉しない状態は、相手に無関心なのとどこが違うのだろうか?無関心は好きなことの反対である。

また、自由に好きなことをさせて「あげたい」という表現によって、支配欲が奥に潜んでいることが判明してもいる。自分の裁量によって相手は自由に好きなことができている、と思いたいのだ。相手の自由に自分の許可が必要だと思っているのではないか?

少し意地悪な方向に話が進んでしまったが、もちろんケアには相手を癒やしたり、能力を伸ばすといった側面もある。

そのような積極的な意味でのケアは、相手を好きであれば尚更効果的に行うことができるだろう。

実はケアは相手を好きにならなくても行うことができるのだが、好きな気持ちがケアへのモチベーションとなるのは確かである。

 

 

うらやましい職業

世の中に多くの職業があるなかで、今の私はどういうわけか介護の仕事に就いている。

それまで、介護の仕事を目指したこともなければ、人助けをしたいと思ったこともない。ただ、私の性(しょう)に合っている気もする。

私は抽象的な記号を操作する作業より、もっと具体的でダイレクトに結果がわかる作業の方が好きだったりする。

くだらないパワーポイントの資料をくだらないと思わずに作れる人であれば、と思う。でも私は、パワポの作成よりおむつ交換の方が有意義じゃないか、と思ってしまう*1

だけど、たまにうらやましくなってしまう、パワポを作るような職業に。

www.fukkan.com

*1:有意義=好き、ではないところがポイント。好きを仕事にする、というが、好きってなんなのだろう?←哲学

すきま時間は何もしない時間

すきま時間にスマホで勉強して資格を取ろう、とかいう広告が流れてくる。すきま時間は本来何もしない時間であるべきではないか?

すきま時間を有効活用なんて言うが、本当に有効な活用法は何もしないこと=休むことなのかもしれない。

資格の勉強ならまだいい。私たちは時に、すきま時間にSNSを見ていらぬストレスを溜めるなど、愚かなことすらしてしまう。

すきま時間にブログを書いてる私が言っても説得力ないかもだが、ここのところ脳疲労を実感することが多いので戒めにこんなことを書いてみた。

体温は右と左でだいぶ違う(ことがある)

今週初めに体調を崩しまして、幸いPCR検査は陰性だったのですが、扁桃腺がそこそこ腫れているとのことで、今は安静にしています。

そんなわけで、ここ数日は体温計で体温を測ることが非常に増えています。

そして、これまでそれほど意識したことはなかったのですが、体温計を右脇にはさむか左脇にはさむかで結果に違いがあることが判明しました。

右36.6℃、左36.5℃

のようにほぼ同じ場合もありますが、

右35.9℃、左37.2

のようにかなり違うこともあります。右で測って「全然熱ないじゃ〜ん」なんて思って左で測ったらビックリ、というパターンです。ただこれは、結構具合が悪かった時のことで、今の私が35度台なはずがないという予感がしていたので、実はそんなに驚きませんでしたけどね(笑)。

右35.2℃、左35.9℃

これは、右の体温が低すぎて逆に低体温症を疑うレベルですが、左で測るとまともな数値が出たので安心した事例です。

左右の数値が違う場合は高い方が本当らしいです。

また、右より左の方が高く出る傾向があるようです。心臓が近いから、といったことがあるようです。

 

私はこれまで自分の平熱を35度台だと思っていたのですが、もしかしたらもっと高い可能性も出てきました。体調が戻ったら両方でちゃんと測って確認してみます。

女性のヘルパーが好まれる理由

利用者が男性だろうと女性だろうと、ヘルパーは女性がいいという方は多い。女性の方が丁寧で細やかな介護ができるというのが、その理由のようである。

確かに、女性の方が男性よりも相手の細やかな変化に気づきやすいとか、同時に複数の作業をこなせるというのはあると思う。介護現場においては、調理をしている時に利用者に呼ばれて体の位置を微調整するとか、洗濯物干しを中断して利用者の喀痰吸引をしに行くことがある。作業を中断されるのが苦痛な人には難しいかもしれない。

男性は力が強い分、利用者の体や物品の扱いが荒っぽくなりがちである*1。もちろん、力が強いことが有利になる場面もある。体重の軽い利用者を抱えあげたり、「暴れる」利用者を安全のために押さえつける場合など。こういった事柄は、家庭内(在宅)よりも施設で求められる能力であろう。

家庭内に入り、軽い力でもできる作業*2を行う場合は女性ヘルパーが適しているだろう。

先日のドキュメンタリー番組を見て思ったが、家庭内であっても、ある程度体が動かせる男性利用者の入浴介助は男性ヘルパーが行うべきだろう。男性利用者から女性ヘルパーへのセクハラ事例は少なくないからだ。

*1:女性でも力が強いと物の扱いが荒っぽい。その人が締めたネジを緩める時は苦労する(笑)。

*2:おむつ交換やベッド・車椅子間の移乗などは重労働に見えるが、コツをつかめばそれほど力は必要なかったりする。